■父親として大切なことはすべてサッカーから学んだ

20年以上関わってきたサッカー。いまさらながら、2児の父である今の私を形成する基盤は、サッカーという競技を見たり、プレーしたりすることを通じてその多くを身につけたのでは、ということに気づかされた。

たとえ嫌なことでもやり続けること。

困っている人がいたら助けること。

仲間と一緒に悔しがり、仲間と一緒に喜ぶこと。

相手を思いやること。

目標を持って日々を生きること。

ルールはきちんと守ること。

挨拶は自分からすること。

そんなことを自分の経験や、メディアを通じて流れるプロ選手の姿から学ぶことができた。

こうした過去の成長の記録を、同世代の元(?)フットボーラーであるお父さんたちと一緒に懐かしんでいきたい。

 ■父親として大切なことはすべてサッカーから学んだ

第5話チームメイト

第4話スタメン落ち

第3話家族のためにも、逆境を耐え抜く

第2話すべてはこの瞬間のために

第1話コツコツと、来たるべきチャンスに備える

執筆:花木裕介

1979年広島県生まれ。今や世界的人気を誇る『キャプテン翼』に多大なる影響を受け、小学3年生から「愛知FC」(名古屋市)でサッカーを始める。

小学4年時に父親の仕事の関係で浦和市(現さいたま市)に転校し、「北浦和サッカー少年団」に入団。MFからDFにコンバートされ、しばし不遇の時期を過ごすも、地道に練習を重ね5年生よりAチーム(6年生チーム)のレギュラーポジションを獲得。

6年時には、FC浦和(浦和市選抜)の最終候補まで残る(結局、落選)。

中学は、またも父親の転勤で、「井口台中学校」(広島市)に入学しサッカー部に入部。レギュラーの3年生のケガもあり、1年生より運良くレギュラーポジションをつかみ、広島市選抜候補にも選出(これまた落選)。

2年、3年では、チームとしては県大会最高ベスト8まで進むも、個人的にはこれといった実績なく卒業。

高校は、「中央大学付属高等学校」(東京都小金井市)に入学。高校サッカー選手権を目指してサッカー部に仮入部するも、受験でなまった体と弱い精神力から練習についていけず1ヶ月ともたずに退部。

その後、半年ほどのブランクの後、地域のクラブチーム「むさしのFC」(東京都武蔵野市)の下部組織に加入。

大学時、社会人と都合約13年在籍。うち、6年間でキャプテン(別称:雑務)を務める。

メールがない時代には、携帯電話だけで約20名のメンバーの出欠を、毎試合ごとに確認し続ける日々を経験。月々4万円の通信料を親にせがみ、「もう辞めてしまえ」と呆れられてしまうことも…。

大学時より東京都社会人サッカーリーグにて実績を積み、4部、3部、2部での優勝経験を持つ。1部には1年間のみ登録するも、出場時間は0分。ちなみに、当時の1部にはFC町田ゼルビア(現在J2)などが所属。

長男誕生を機に、31歳で草サッカー現役引退。

長いブランクを経て、38歳より、長男のサッカーチーム正式入部を機に再びボールを蹴り始め、今に至る。

■家族構成……長男(7)と次男(4)を持つ二児の父

■現職……EAPサービス事業会社 マネージャー

■著書……『心折れそうな自分を応援する方法 ~現役子育てパパでも夢を諦めない~』(セルバ出版 刊)、『今くすぶってるサラリーマンは出版を目指せ!』(Amazon POD)

■忘れられない思い出……小学6年時に府ロクサッカー少年団と対戦し、同学年の女性選手(後のなでしこジャパンキャプテン澤穂希選手)に前半立て続けにスライディングを喰らい、涙ながらに戦意喪失してしまったこと。

■好きな選手…三浦知良選手(元日本代表。現横浜FC)

■自身のHP…https://writing-coach.jimdo.com/

 

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