2・宣告当日。

前日は、結局、あまり寝られなかった。それでも、朝は否応なしにやってくる。

病院に向かう駅の道すがら、「治療しながら……」と書いてある「がん治療と就労の両立支援」のポスターがふとピンポイントで目に入った。なぜ今日に限って。なんだか不吉だ…。

朝9時。

予約時間に十分間に合うよう待合室に入るも、先に年配の方が診察室に通されていく。

そして、「大丈夫ですので、お大事にー」と声をかけられ診察室を出る。

この人よりも緊急度が低いということか。じゃあ、大丈夫だ。中から笑い声も聞こえる。大丈夫だ。

手に持っていた診察ナンバー123番が告げられる。

ひと呼吸おいて、腰を上げる。大丈夫、大丈夫。

診察室に入ると、この前の医師が言葉なく僕を見る。

そして、「花木さん、ちょっと良くない結果が…」という切り出しに、僕はドキッとし怯える。

そして、医師ははっきりとこう口にした。

「のどに、5段階中4段階目のレベル感で、悪性と疑われる腫瘍が見つかりました」

「つまりは………」精一杯言葉を返す僕。

「ええ、はっきり言いますね。『ガン』です。かなり高い可能性で。首の方のしこりは、その腫瘍が転移してきているものと思われます」

こんなとき、よく「頭の中が真っ白になる」というけれど、僕の場合は「真っ黒」になった。未来が急に四方向から閉ざされた感じ。

うなだれて、なんとか絞り出した言葉は、「マジっすか……」。

どうしよう、家族のこと、仕事のこと。なんだかとんでもないことになってしまったぞ。

これ以上先生の言葉がまったく聞こえてこない。

この病院では、これ以上検査をしても、十分な治療ができない可能性もあるということで、もっと専門的な病院を紹介してくれることになった。

ということで、一旦診察室を退出。

頭の整理ができず、とりあえずスマホで「咽頭がん」を片っ端から調べる。最悪の想定は「悪性リンパ腫」だったので、咽頭はまったくのノーマークだ。症状は、原因は、5年生存率は…。

でもやっぱり、頭で理解しても、気持ちがついてこない。

しかし、この後、会社には行かないといけない。上司とメンバーには伝えないといけない。次の病院の手配をしてもらい、気を確かに持って、会社に向かう。

家族にはどう伝えようか。親はなんて言うだろう。今の仕事はどうなるんだ。

僕はこの先、どうなってしまうんだろうか。

この日は、妻が旅行から帰国してくる日。飛び立つ前から、結果は必ずすぐに報告するように言われていた。

帰国便のフライトは確か15時過ぎ。

こちら遅い食事を取っていて今は13時。とりあえずフライトまではこのままやり過ごしてしまおうか。せっかくの旅行なのに、ここで伝えてしまったら可哀想だしな。

でも、約束しちゃってるし、どうしよう。

こんな局面であっても、そんなことを考えられる自分がいて、少し安心した。

そして、葛藤の末、決心した。

僕は保存していたメッセージをコピーし、LINEのメッセージに貼り付けた。

そして、えいっと送信ボタンを押した。

内容はこんな感じ。

「(前略)遅くなったけど、結果が出ました。

頭を整理するのに少し時間がかかってしまったけど、報告します。

想定していた最悪のパターンに近い結果で、来週病院を変えて再度進行度合いや程度を見るための精密検査となりました。

詳しくは、今日(起きていられたら)かまた明日きちんと説明するよ。

せっかく楽しい旅行の最後に、このような結果で申し訳ない。

飛行機着いた頃に送ろうかと迷ったけど、約束なので。

友だちにもよろしく伝えてください。

でもとりあえず今のところは昼飯も全部食べたし、元気なんだけどね」

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返事はすぐに来た。やはりショックは大きかったようだが、周りに友だちがいてくれて良かった。

後は、家族で現実を受け入れて頑張るだけだ。

この日は、社内でも、上司やメンバー、一部関係者に事態を伝えることができた。

不安を隠すように、意外に冷静な自分がいた。

実はこのブログの構想(体験談を形にすること)も、宣告の日にはすでに周囲に話し始めていた。

さらには、奇しくも、僕の今の勤務先は健康や医療関連の事業をやっているということもあり、「がん治療と就労の両立支援」の制度が整っており、医療情報や各種ネットワークもふんだんにある。これらを活用すべく、できるだけ関係者とは連携を深めていくことになった。

皆さん、びっくりしていたが、一方で最善のバックアップを約束してくれた。

こうしてこの日は、定時で退社し、子どもたち(小学生と保育園児)を預かってくれていた妻の実家に迎えに行き、3人で家に戻った。

子供を寝かしつけ、妻の帰りを待つ。

今日も一日無事に終わった、か。

ここまで気丈に振る舞ってきたが、一人になった途端、急に、溜まっていたものが胸の奥底から込み上げてきた。

恐怖と辛さとやり場のなさに、布団の中に潜り込み、小さく叫び、泣いた。吐き気がした。初期症状か。

数分経った頃だろうか。ちょっと落ち着いた。冷静になれ、俺。ここで泣いていても、何も解決しないぞ。

ガンになろうとならなかろうと、限られた命を削って生きているのは一緒。

ただ何かが起こるリスクが少し上がっただけ。そう思えば、僕だって、他の誰かだって変わらない。

子どもたちや妻との関わりも、これまでと同じ。日々やれることをやるだけだ。そして、それを積み重ねてこそ、未来が切り開けるはず。

そう思ったら安心したのか、今度は睡魔が一気に襲ってきた。

なんだかとんでもない一日だったな。

妻よ、ごめん。話は明日にしよう……。

2017.11.20

(続く)

【参考】『青臭さのすすめ』(花木裕介著・はるかぜ書房)

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