18.今回エッセイを書いてくれた方:ティッシュペーパー

ティッシュの紙

・「散り際の美学」

 

「あなたがこの手紙を読む頃には

私はもうこの世にはいないでしょう」

 

というフレーズがドラマなどではよく使われているが

私に関して言えばそれは本当のこと、

このエッセイを皆さんが見ている頃には

私は間違いなく使用済みとなっていることだろう。

 

ただ誤解をしないでほしいのは

我々ティッシュの紙は使用済みとなって捨てられることを

別に嫌なことだとは思っていない。

我々にとってはそんなことよりも

どのような使い方をされたかという「散り際」の方が

大事になってくるのである。

 

我々は本当に色々な使い方を人間にされているが

やはり一番オーソドックスなのは

鼻水に関係したものではないだろうか。

食事の後に口を拭いたり

テーブルを拭くために使われるのもよくあることだろう。

 

所有者が男性だったりすると、

マスターベーションをした後に

精液を拭きとるために使われることもよくあるが

それくらいは我々の中では当たり前のことなので

特に嫌な使われ方というわけでもなかったりする。

 

我々の中で最も嫌な使われ方とされているのは

室内に侵入した虫を捕まえる時に使用されることである。

何しろ生きている虫に

自らの体で覆いかぶさらなくてはならないのだ。

我々は「液体」ならどんなものでも触れても平気ではあるが

汚れた個体、その中でも昆虫は大の苦手なのである。

 

しかもその虫を捕まえた後は

大して体も濡れないままでゴミ箱に捨てられてしまうのだ。

我々の世界では「いかに身体を濡らしたか」で

評価が決まるようになっているというのに

ほぼ無傷の状態で捨てられてしまうのだから

これほどハイリスクノーリターンなことはないのである。

人間の世界でも仕事によって評価のされ方は様々だと思うが

我々ティッシュペーパーはそのようになっているのだ。

 

さぁ、私は今頃どんな使われ方をして捨てられているだろうか。

頼むからゴキブリを捕まえるためにだけは

使われたくないものである。

 

鎌形のお礼コメント:

ティッシュペーパーさん、ありがとうございました。

タイトルを「散り際の美学」としたのには感心しました。

これってやっぱり自分が「ちり紙」だからですよね??

「散り際」と「ちり紙」、素晴らしいです!

 

ところで私が執筆を依頼した時には

もうだいぶ出番が迫ってきていたというのに

よく短時間で書いてくれたものです。

このエッセイが公開されている頃どころか

私に原稿をくれたその日の内に

アナタはもう使われてしまったのではないでしょうか。

とにかくアナタに続きを依頼することはもう無いでしょう。

 

次回は「トンカツのエッセイ」です、お楽しみに。

 

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