1.旅と夢
スイスを代表するアルプス山脈の一つにマッターホルンがあります。 マッターホルン観光の起点となる町ツェルマットを訪れた時ハイキング姿の元気なおじいちゃん、おばあちゃんの多さに驚きました。 ツェルマット駅からはマッターホルン標高約3000m地点まで鉄道で行くことができ、これは屋外を走る路線ではスイスで最も高い所を走る鉄道です。 富士山の標高が約3800mなのでどれほどの高さか想像がつきます。 体力も根性もない私はそんな高さまで鉄道を使わない手はないと即決。 早速乗り込むと鉄道は急な斜面を力強く進み、どんどん町の中心から離れていきます。 狭い線路を崖ギリギリで走るので終始ヒヤヒヤしながら、アトラクション気分でマッターホルンを登ります。 途中いくつかの駅を通過するのですが、新たに乗車する人はほとんどいません。
窓から外を見ていると徒歩で登っている多くの年配の方々が目に付きます。 皆重たそうなリュックを担ぎ、登山用の服装に靴、両手にスティックを持ち完全防備です。 白髪頭のおじいちゃんも、背中が曲がったおばあちゃんも、自分達のペースで着実に登っています。 自分の親よりも年上の方々が元気にマッターホルンを目指すパワーに大きな衝撃を受けました。 改めて鉄道の中を見渡すと乗客の多くが海外からの観光客のようで、年配というには早過ぎる年齢の方ばかりです。 若者が鉄道で登り、お年寄りが徒歩で登るというなんともへんてこな現象が起こっていました。
スイスの他の町でも格好良いヘルメットをつけたおばあちゃんがロードバイクにまたがり、颯爽と過ぎ去っていく姿を見かけました。 電車に乗れば、ロードバイクを担いだユニホーム姿のおじいちゃんを見かけました。 どなたもエネルギーが溢れています。 ゆっくり時間をかけて車窓を楽しむことができる氷河特急に乗った時、たまたま日本から観光にきていた60代後半くらいの団体客と席が近くになりました。 その団体客はお酒を飲み気分が良くなったのか場に相応しくない大きな声で会話し、車内は一気に日本の宴会場と化してしまいました。 これではせっかくの美しいアルプス山脈の景観が台無しです。私を含め他の外国人も苦い表情を浮かべていました。
その時、団体客同士のあるやり取りが聞こえてきました。 話の流れは分かりませんが、一人の女性が「いくつになっても夢を持たなきゃダメよ!」と力強く言葉を発したかと思うと、それに対し直ぐ様別の女性が「夢なんて持つ必要ないよ!」その言葉を完全否定したのです。
その会話を聞き、私はなぜか吹き出しそうになってしまいました。 きっと始めの女性は夢や目標が生活に張りを与えてくれる素敵なものだと言いたかったのだろうけど、私としては夢を語る前に周りの迷惑にならないようもっと広い視野を持ってほしいと思ったからです。
その日山という目標に向かって一歩一歩踏みしめながら登山していたおじいちゃん、おばあちゃんの姿が頭に浮かびました。 色んな事に挑戦できる広い視野と柔軟性を持つ彼らは、これからもずっと充実した人生を過ごすのだろうと。 夢を持つ持たないの議論より、好きなことを楽しみながらやること。 それがいつまでも輝き続けるコツだということをスイスのパワフルおじいちゃん、おばあちゃんの姿は教えてくれたのでした。
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