2.旅と物語

二十歳の冬、初めてNYを訪れました。

映画や海外ドラマが大好きな私は、物語のロケ地に行けるということが何よりも嬉しかったのです。

古い映画で言えば、大女優オードリーヘップバーン主演の「ティファニーで朝食を」やトム・ハンクスとメグ・ライアンが主演のラブコメディ「ユーガットメール」、女性に大人気のアンハサウェイ主演「プラダを着た悪魔」もNYが舞台の作品です。

他にも数え切れないほど多くの名作がNYを舞台にうまれているのです。

正直NYの最先端のファッションやレストラン、エンターテイメントなどには全く興味がありませんでした。

 

二十歳の私はまだ数カ国目の海外旅行だったため完全にお上りさん状態でした。

憧れのNYは噂通り活力に溢れ、様々な人種が蠢く街。時間の流れが速く、ぼっーとしていたら後ろから怒鳴り声が聞こえてきそうで立ち止まることを許されない切迫感がありました。

 

空を見上げると高層ビルに囲まれていて、真っ直ぐ建っているはずのビルが空を覆い隠すように斜めに傾いて見えるのです。

世界一の街NYは太陽光さえ差し込む余地がないのだと物語とのギャップを感じました。

 

街行く人の目は皆ギラギラしていてずっと遠くを見つめているように見えました。

お洒落な最新ファッションの人、奇抜な個性派ファッションの人、民族衣装の人もジャージ姿の人も、誰もが人の目なんか気にせず自由に生きていました。

 

さっそく観光名所や映画のロケ地を巡ります。

ヒロイン気分で物語と重ね合いながら歩けば、ただの街角がとてもドラマチックで、街全体に鼓動を感じるのです。

冬のNYは氷点下になることも多く凍えるような寒が続きます。

しかし、何度当時を思い返しても寒いと感じた記憶が全くないのです。

それほどNYに魅せられ恋に落ちていた私の体温は平熱より1、2度上昇していたのでしょう。

恋する少女のように食欲もなく、この街に少しでも見合う女になることに必死だったと思います。

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極めて順調で大満足のNY旅行最終日、バッグの中にあるはずの財布がないことに気付きました。

今回のためにファスナー付きバッグを新調し用心のため中に入れておいたはずなのに、どこを探しても見当たらないのです。

 

慌てて昨夜の記憶を辿ります。

夜のタイムズスクエアはお祭りのような賑わいで、その人ごみの中をよそ見しながら歩いていたことを思い出しました。

流れに身を任せ、前へ進むのに必死だったことも。

そして旅の記念にと路面店でお土産を購入したことも・・・その時バッグのファスナーを閉めた記憶がないことも・・・。

 

二十歳の自分への誕生日プレゼントにとバイトを頑張って初めてブランド物の財布を買いました。

デザインもサイズ感も何もかもお気に入りで、背伸びして買ったこの財布をきっかけに少し大人になった気でいたのです。

お金を失くしたことよりも財布を失くしたことのほうがショックでした。

 

物語の舞台に終始浮き足立っていて、隙だらけで、気が緩みっぱなしの旅行客はリアルな世界を生き抜く方々にとって格好の餌食に見えたことでしょう。

旅行中、仮に私が主人公の物語を作るとしたらどんな素敵なストーリーを展開するのだろうと妄想を膨らませていた自分が情けなく思えました。

今の所、私の物語は財布を擦られ一文無しになった残念な女のショートムービーでしょう。

二十歳の私には笑えもしない物語でしたが、やはりNYはどんな人にも何かしらの物語がうまれる街であることを実感したのでした。

懲りずにNY旅行をリベンジしたのはそれからちょうど10年後の30歳の時。

ここを舞台に物語がうまれ続ける限り私のNYへの憧れは永遠に続くことになりそうです。

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