2.僕と韓国語
・カ ナ タ ラ マ パ サ僕が韓国語を勉強しはじめたのは、大学生の頃だ。 韓国語を教えてくれるところはそんなには無く、JR蒲田駅の近くにあった在日の方達の会館で毎週学ばせてもらった。 先生はやたらと陽気なユウ先生(実は名前は覚えていないのであるが、覚えていても仮名を使わなくてはならないから同じ事であろう。) 会館は新しいとは言えず、やたらと社長室にある家具ばかりを集めたような部屋だったし、そのうえ薄暗かったような気もするが、僕にとってはとても思い出の深い場所である。 バイトの帰り、18時か19時にはじまる授業に遅れまいと、蒲田駅から会館まで走って行った。 当時クラスは三つくらいに分かれていたのであるが、僕は真ん中のレベルに入れてもらっていた。 その場所で習う前から僕は自分なりに少し韓国語を勉強していた。そのおかげで、ハングルを一から習う初級コース行きは免れた。 この初級を脱しないと、いつもコースの半分くらいは、日本語でいうところの「あいうえお」である、가(カ)나(ナ)다(タ)라(ラ)마(マ)바(パ)사(サ)の反復練習をさせられ続け、結局途中であきて脱落し、少したってから思い出したように再度「一からチャレンジ」の繰り返しである。 「一からチャレンジ」は是非一回ですませたいものである。 中級と言っても、習うことは大した内容ではない。 こんなスキットが本文だった気がする。
金さん:鈴木さん今日は車がとても混みますね。 鈴木さん:そうですね、金さん。今日は雪が降っているので、車が滑りやすくて、速度が出せないのでしょうね。 金さん:ああそうなんですね。雪の日に速度を出すのは滑りやすいですからね。 鈴木さん:はい、そうですね。
このようなスキットである。 金さんだって馬鹿ではないのだから、鈴木さんに言われなくたってちょっと外を見れば、雪が降って、車がノロノロなのは分かっていると思うのだが、鈴木さんに言われてはじめて気がついたような相槌を返している。 大人の対応である。 それだけではなく、相手の話したことを少し重複しながら、それを相槌としている。 これは相手の話をちゃんと聞いていますよーという積極的なサイン、そうカウンセラー達がよく使う「エコー」という高度な相槌の技法である。 もしかしたら金さんはカウンセリングをかじっているのかもしれない。 鈴木さんも自分の話し相手が誰なのか暗に我々にもわかるように、「そうですね、金さん。」などと、特に言わなくてもよい相手の名前を、相槌に含めている。 親切なことである。何かのパーティーなどで面識のある相手の名前が思い出せなくて困っているときに、この鈴木さんのような人があいだにいてくれると大助かりである。 それもまあ本文のスキットの場合は、横に名前が書いてあるのだから、我々には過分なのであるが、鈴木さんがそこまでの事情を知るよしもないのであろう。
ところで、この教科書の本文は当然韓国語でなされている対話なのであるが、僕はこの日、それまで知らなかった二つの単語を同時に覚えた。
【今日の新出単語】 滑る(ミックロプッタ)と、混む(ミルリダ)である。
この事が、後にどのような事態を招くかは、この時はしる由もなかった。。。 ・韓国で会話してみた話は飛ぶが、後に僕は、韓国へ留学することになった。そこで下宿先を探すことになったのであるが、貧乏留学生だった僕の条件は安くて快適な所というものだった。 しかしそれはもちろん簡単ではなく、安さを追求すれば汚かったり、ぼろかったりした。 それでも探しているうちに比較的きれいな下宿先を探すことが出来た。 値段もとてもお手ごろであった。 部屋もリフォームされているらしくそれなりに綺麗である。 みんなでわいわいできる談話室なんかもあった。 ただ問題は部屋が狭く、部屋の数がめちゃくちゃ多かったことである。 多くて困ることはないが、シャワー施設などが共同だったし、二つくらいしかなかったので朝など混み合わないかという心配だけが残った。 部屋が狭いのは値段相応なので納得するしかない。 そこで思い切って、片言の韓国語を使って部屋を見せてくれた管理人の人に聞いてみた。
「シャワー室は、混まないですか?」 ところが、その管理人の人はとても怪訝そうな顔をして 「混まないよ」と断定してきた。 いやいや管理人よ、これだけの人数でシャワー室二つである。 ちょっとは混むんじゃなかろうか。 僕も大人だ、ちょっと混むくらいは覚悟している、そんなに全否定しないでもよいではないか。 それになんでこんな真っ当な質問をまえにそんな怪訝な顔をするのだ。僕の発音が悪いとでも言いたいのだろうか。 僕はしつこくもう一度聞いてみた。さっきより声を大きくはっきりと発音するように心がけてみた。 そうすると、ますます怪訝そうな顔をして、日本からきたこの男は何を心配しているんだという顔で、「大丈夫だよ」と言ってきた。
僕はしばらく後の日に、この会話を思い出して「はっ」とすることになった。
もうお気づきだろうか? 実は僕は、滑る(ミックロプッタ)と、混む(ミルリダ)という単語を同じ日に習った為に、その二つを逆に覚えてしまっていたのだ。 発音も同じ「ミ」ではじまるものだからなおさらである。
想像してみてほしい。 僕は、はじめて会った異国の下宿の管理人の人に、何度も「シャワー室は滑りませんか?」と聞いてしまっていたのだ。。。 二度目は、はっきりと大きな声でである。 しかも、シャワー室はタイル張りだったので、全く滑らないということもなく、意味の通じる文章になってしまっていたのだ。 浜っ子はおちゃめな失敗をするものなのだ。
この事を思い出すたびに、あの頃の楽しかった思い出が沸いて来る。 結局そこの下宿先では本当に沢山の友人を作ることが出来た。 皆さんも是非間違えながら、そして楽しみながら語学を学んで欲しい。 しかし、案の定シャワー室は、おお混みであった。。。 廊下で順番待ちをしながら、正確に覚えられるなら、それにこしたことはないなーなどとも思わされたのだった。
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