30.その男
その男は、およそ十五年ものあいだ、変わらない“満面の笑み”をたたえている。 大人の十五年ならば、髪や顔の皺に老化を示すものもあるだろうが、全体的には時間の経過を感じさせない。 小太りだがそれ以上肥えることはなく、逆に引き締まることもない。 服装や髪まで似たような感じでいるので、どこが違うかよくわからない。 そして、こちらが時刻を変えない限り、いつも駅ですれ違う。
・まんま“マサオ”じゃん“北の王子様”と言えば分かるかもしれないが、同じ顔なのだ。 隣の金さんこと故・金正日氏の長男で、今の王様正恩氏のお兄さんである金正男氏に、だ。 金正男といえば、東京ディズニーランドで遊びたくなり密入国するも、逮捕され追い出されたり、北京にいる日本の報道陣に、日本語で声を掛け周囲を驚かせたりしている。 その北京での様子……気のいいおっさんが声を掛けてきて、自己紹介をし出した。そのときの顔だ。
マサオ(以来、日本語読みの名前にした)は、その驚異的な同一の表情や行動から察するに、何らかの知的障害を持っている。 彼ら独特の、フラフラしたり無駄な動きも若干ある。 だが、大声を出したり、異常なほどの行動ということはなく、一見してもそれとは気づかないだろう。 実際、自分も最初はわからなかった。 朝っぱらから酒飲んでる羨ましい奴ぐらいにしか見えない。
・無常…常に変化し不変のもの無し自分が真剣に会社に行きたくない時期も、わけのわからん意欲に燃えるときも、夏も冬もマサオは変わらない。 “いつも笑み”だ。 だからといって「元気をもらってる」とか、そういうことではない。何でもかんでも「ありがとう」教のお題目も唱えたりしない。 諸行無常と難しい言葉を使ってみたが、ヒトがいつまでも同じ感情のままでいるのは、どうにも変なことだ。 そういう、驚きと疑いの気持ちが先立ってしまう。 感情の変化を失う一方で、通勤(通学?)など難易度の高い社会生活習慣を保つのは、どう考えても無理すぎる。 それで毎度いるかどうか目が追ってしまうのだが、マサオにとっては余計なお世話だろう。そのままであろうが、どう変わろうが。
果たしてマサオとの最後がくる。 駅構内で、大声でうなるように歌うマサオが見える。 歩き方はいつも以上にぎこちなく、笑みがまったくないというか不快な表情でいる。もちろん、何があったのかは知りようもない。 ただ、大事な何かが変わったことだけはわかる。 その男は、いつもの時刻にはもう来ない。 [20170213]中の人 付記
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