29.泣く子と地頭には勝てない

・目の前には織田信長

前の回で書いたように、28話は通勤電車に乗りながら原稿を打ち込んでいた。

おかしな出来事には、いつも驚かされるものだが…それにしても、当事者でないときのハプニングは大歓迎だ。

たとえ不謹慎と言われようとも、期待しない無関心のほうがどうかしてる、と開き直ってる。

テキストを打ちながら、目の前の成り行きを伺っていたわけだ。

 

ポジションから説明すると、自分はつり革に掴まっている。

その理由はもう言わないとして、目の前に座っている人は「きっと」若いサラリーマン

こうもったいぶるのは、彼はほぼ20代の青年のはずだが、頭があまりにもつるりんとした禿げだからだ。

織田信長にちがいない。

 

・隣には母親と小さな子

そして自分の隣には、母親と子供がいる。

まだ3,4歳ぐらいか、オムツは取れてるようでもおしゃべりはまだ赤ちゃん言葉。

立っているのも疲れるだろうし、この子は通勤電車に耐えられるかと誰でも気になる感じだ。

見た目でどうこう言うのはフェアじゃないが、ワーキングママと預けてた子供という風ではない。

普通に、外出してたら帰りが通勤電車の時間帯だったと思える荷物、服装、それと電車に乗るポジションだった。

混む電車に乗り慣れたママだと、だいたい子供をコーナーに行かせようとする。

ドア横や、連結部付近で、ときたま優先席で譲ってくれることもある。

そういう考えた乗り方ではなく、実に無防備で、子供を人が流れる側に置いてしまっているのだ。

 

・何かが起こるに決まってる

通勤電車なのだから、人が次々乗り込んでくる。

こちらは、いつものこと当たり前のこととわかっているが、子供にはそんな事情は知るはずない。

箱にみっちり詰め込まれたりすれば、息苦しいし押されて痛いだろうし、何よりも知らんおっさんどもの股間や尻が、目の前で壁になっているわけだ。当然、嫌だ降りるとグズり出す。

すると、さきの織田信長はゲームに勤しむ合間合間に、子供を見ては不快な表情になる。

ゲームがクリアできないのか、露骨な態度だ。

やはり本当に若いのだろう。

子供に慣れていないというか、寛容でない感じで年齢を類推する。

ここにきてやっと母親は、子供をこちら側に避けさせたりあやしたりするが、あまり効果は見られない。

織田はじっと見ている。

でも子供はグズるばかりで母親は抱いてあやしたりするが、乗ってるポジションが悪すぎた。

つり革を掴んでいないと揺れに耐えられない。

片手になってしまうと、抱いてるような抱いてないような感じで、ますます子供はグズってしまう。

織田はじっと見ている。

いよいよ本格的に、子供は大泣きとなる。

織田は見ている。

子供は泣いている。

織田は見ている。

子供は泣いている。

 

・ボヨ~ン…

子供が持っていた小さめのペットボトルが気になる。

こういうのをブンブン振り回してると、ひじょうに危ないのだ。

織田も気になったのではないかと思う。

こちらも一応打ち込むことに集中しているので、人の細かい表情の変化までは無理だが、視界の中での動きは確認できる。

あやす感じや織田の目線はわかる。

ブンブンしてる様子はもっとわかりやすい。

そしてついに、子供はペットボトルをブン投げてしまう。あるいはすっぽ抜けたのかもしれない。

いずれにせよ、ペットボトルは織田に命中した。あの額に。

 

一人二人ほど、笑いをこらえてる。

笑ってはいけない。

子供はどういう態度を示すべきかわからず固まってる。

こちらは大きく笑いたい。不謹慎に笑いたい。

当たったときの変な音が、頭の中でくり返し再生される。

でも、笑ってはいけない。

29e

笑いませんよ。

 

そして、当の織田が怖いくらいの無反応であることも、笑いの重圧になっている。

頭に命中したことはおろか、禿という事実も丸ごと全部なかったことにせんばかりの、その強力な無言の警告なのだろう。

歴史上の人物たる畏怖、風格を感じさせるに十分な一瞬だった。

命が惜しければ、 織田を笑ってはいけない。

 

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