4.物干し竿 その2

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引っ越しをすると、本当に色々なものに出くわす。その多くは、出くわす必要のないものだ。引っ越しなんてするものではないのかもしれない。そう思った人の数は、僕らの想像よりもはるかに多いはずだ。でも結局、僕らは引っ越す。自ら好んで、出くわす必要のないものに出くわそうとする。たとえ、山手線に物干し竿を持って乗ることになっても。

 

その手紙の一行目には、「とうとうこの日が来ました。いつかは来るとわかっていましたが、とうとうこの日が来てしまいました。」と書かれていた。その字は明るく、しかし内側に埋め尽くされた不安で滲んでいた。

 

僕は深呼吸をして、続きを読んだ。

 

「東京と大阪なんて近いと、拓土は言います。週一で会えるよ、って。でもこの距離は、二人の間では今まで経験したことのない距離です。私は正直とても、とても不安です。今まで一言もこの不安を口に出さなかったのは、不安すぎて言えなかったからです。多分バレていたと思うけど。」

部屋はダンボールで埋め尽くされ、要らなくなった服や雑貨でぐちゃぐちゃになっていた。

 

「でも私も、拓土が言うように、東京と大阪なんて近いと思うようにします。そう言って、そうできたら苦労しませんが、私も拓土の楽観的なところを見習って、頑張ります。拓土はこれから東京へ行って、いろんな刺激を受けながら、いろんな人たちと出会い、とても楽しい生活が始まります。拓土のことだから、きっと東京でもみんなに好かれて、毎日いろんな人と遊んで、時間なんて忘れてしまうような日々になるでしょう。そんな忙しい日々に、たまに、私のことを思い出してください。週に一回くらいでいいです。それだけで私は幸せで、頑張れます。」

彼女の字はとても誠実に、大きな思いやりと強い意志、向き合うべき不安を帯びて書かれていた。

僕の体が何かでいっぱいになり、それが溢れた。

 

「拓土が言ってくれた三年後までに、私は拓土に常に好きでいてもらえる女になっています。いわばこの三年間は、お互い少し離れてみて、自分のことを見つめ直す?時間だと思います。そして三年後、私も東京に行くのでその時は、一緒に暮らせたらいいなと思っています。無理にとは言いませんが。私の夢は拓土と結婚することです。辛い時も、楽しい時も、拓土の隣には私がいて、私の隣には拓土がいること。これが私の夢です。いつか、いつになるかわかりませんが、拓土がプロポーズしてくれる日を楽しみに待っています。お金はなくても平気だよ。結婚式もあげなくていいよ。笑

どんなに貧乏でも、拓土が寝たきりになっても、私の気持ちは変わりません。俳優、拓土ならできると思います。辛い時やうまくいかないとき、いつでも言ってください。たとえ全世界が敵に思えたとしても、私だけは拓土の味方だと言うことを忘れないでください。長くなってごめんね。読んでくれてありがとう。わがままを言って拓土を困らせることもあると思いますが、これからもこんな私をよろしくお願いします。大好きな拓土へ」

 

僕がその引っ越しで出くわしたのは、自分を無条件で愛してくれる人の目に映る、どうしようもなく卑怯で浅ましい自分自身だった。僕はそいつを、そいつが本当の意味でそれを理解するまで殴り、蹴り、骨を折り、内臓を破裂させ、ぐちゃぐちゃにしてやりたかった。しかし、それはできなかった。そいつは、その時の僕自身でもあった。後に残ったのは、彼女は全てをわかっていて、僕は何一つわかっていないという、ただその事実だけだった。

 

すぐにでも彼女の元へ駆けつけるなり、電話をかけるなりしたかったが、できなかった。その行為に必要なものを、僕は何一つ持ち合わせてはいなかった。僕にできるのは、それをダンボールにしまい、マジックで「使わないが捨てないものたち」と書くことだけだった。

photo by J.K.Wang

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