17.日本人が強いという迷信と核兵器

日中戦争において日本軍の1個大隊(約1,000人)は、国民党の中国軍1個師団(約10,000人)に匹敵しました。

物量差で米軍に敗れましたが、パラオ、硫黄島、沖縄で善戦したことから、日本人は強いという迷信が生まれます。

 

しかし、国民党の中国軍と日本軍の差は、火力に起因していました。

日本軍は十倍の中国軍に匹敵しましたが、これは日本軍の1個大隊の火力が国民党の中国軍1個師団の火力と等しかったにすぎません。

実際、国民党軍が米国の装備で現れたビルマ方面の戦場では、日本軍は敵の強さに驚き、十倍の中国軍に玉砕しています。

 

現在の火力差は70年前の反対であり共産党の中国軍が圧倒しています。

30万人以上のすべての日本の都市に対して核兵器を向けている共産党の中国

 

いかなる兵器体系も、その特質が分かればそれを挫折させる多くの方法が発生するといわれていますが、核兵器に対してはどのように対峙するべきでしょうか?

 

冷戦の50年間、米国とソ連は報復力と地下シェルターで核兵器を使えない兵器としています。

 

報復力とは必ず射殺する警察に例えられます。

報復力とは殺人犯を必ず捕まえ殺害することで、殺人を抑止する方法です。

報復力により、米ソは核兵器を使えない兵器としました。

日米の戦争においても、米国が空襲により民間人の虐殺を開始したのは、日本が報復力を失った1944年以降です。

報復力は民間人に対する虐殺を防ぎます。

核兵器に対しても報復力が有効です。

17写真

地下シェルターは広島、長崎の教訓から生まれます。

1番右の線は、核爆発の際に屋外で作業をしていた集団、真ん中は木造の建物(学校)の中で作業をしていた集団、左はコンクリートの建物にいた集団の生存率です。

生存者の定義は、爆発後20日間生きていたことが判明している人々です。

それぞれの場所で50%の人が生存する距離は、コンクリートの建物では爆心地から200m、木造の建物内では700m、屋外では2,000mとなっています。

2,000m離れた位置で核爆発が起きた場合、屋外にいると5割は亡くなりますが、コンクリートの建物内にいれば亡くなりません。

 

国際条約(核兵器の不拡散に関する条約)において「自国の至高の利益を危うくしていると認めるときは、その主権の行使として、条約から脱退する権利を有する」と記載されています。

 

7,000発以上の核兵器を保有するロシアは、経済が破綻しても、ウクライナへ侵攻しても国土を奪われません。

17世紀の日本は世界一の鉄砲保有国であったため鎖国することができ、200年以上、平和を維持できました。

国の存続と平和のために、報復力と地下シェルターを整えるべきではないでしょうか。

 

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