31.道成寺の見所⑨―急ノ舞

・堰を切ったように溢れ出す音と動き

乱拍子謡の最後、シテが足拍子を強く踏みつつ「名づけたりや」と謡い収めると、途端に音と動きが一気に溢れ出す。

地謡の「山寺のや」とともに、大鼓が入り、小鼓も解き放たれたように滔々と打ち出し、笛が華やかに吹き鳴らされて、シテは風のように舞台を駆け巡る。急ノ舞である。

 

乱拍子が静の極みなら急ノ舞は動の極み、静から動へと一転する鮮烈な舞台展開もまた、道成寺の見所の一つだ。

それだけに大鼓の心得としては、小鼓が長い乱拍子の緊張感から解放され、一転して早い調子になるぶん、「あまり早くなりすぎぬ様に、大鼓はしっかり掛け声をかけて、決してこちらから早く打ってはいけない」(☆)と言われているという。

 

・急ノ舞の見所

急ノ舞は囃子のテンポが極めて早いため、無駄な動きは一切省かれ、シテは俊敏な運びで直線的に舞台を巡る。

その激しい動きにもバタバタした感は一切なく、龍が風に乗るようにスルスルと走る。

何気ない動作のように見えるが、試しに自らやってみるとその難しさがよくわかる。

両手をピタリと構え、腰を定めて頭を動かさずに小走りするのは、生半可なことではない。

しかもあくまで「女」である。

そのためには下半身の安定とともに、上半身のしなやかさが必要だという。厳しい稽古により初めて可能な美しい技なのだ。

 

この舞の途中、シテは初めて扇を開く。

扇をひらめかせて舞い始めたら、シテの動きにさらに注目。脇正もしくは脇座(→第23回の図)の位置から鐘を見込むと、ヒシギと呼ばれるヒイイーという笛の高い音とともに、鐘の下をかいくぐって走り抜ける。

これも道成寺に特徴的な動きだ。

また舞いの中で足拍子を踏む代わりに、身を屈めるような動作を見せるのは、うとうとと居眠りを始めた寺男たちの眠りを覚まさないためだとか(まあ、すでに乱拍子謡の最後、「名づけたりや」でドシドシ踏んじゃってますけど…)。

 

・「山寺のや」そして、鐘入りまでの謡

急ノ舞の冒頭に「山寺のや」と地謡の初同が入る。初同というのは、その曲の中で最初に地謡が謡うところを指す。

つまりこの前場最後のクライマックスまで、地謡方は地取り(※)以外は一切謡わず、じっと控えていたわけだ。

しかも、その初同の謡が「山寺のや」のたった一句だけ! こうした例も「道成寺」の他には見られない。

そして急ノ舞のあと、シテが「春の夕暮れ来て見れば」と謡い出したらいよいよ鐘入り、興奮は最高潮に達する。

その期待とシテの動きに目を奪われ、思わず謡が耳に入らなくなりがちだが、ここの謡が実にいいのだ。

和歌や漢詩を下敷きに、格調高くも雄弁に鐘入りの光景を謡い上げている。

この謡をしっかり聞いてこそ、鐘入りのイメージも豊かに膨らむというもの。

あらかじめ文句を飲みこんでおこう。

 

地謡 山寺のや。

(急ノ舞)

シテ(ワカ) 春乃夕暮れ来てみれば。

地謡(ノル) 入相の鐘に花ぞ散りける花ぞ散りける花ぞ散りける。

シテ さる程にさる程に、寺々の鐘。

地謡 月落ち鳥鳴いて霜雪天に。満潮程なく日高の寺の。江村の漁火、愁いに対して、人々眠れば好き暇ぞと。立ち舞う様にて狙い寄りて、撞かんとせしが。思えばこの鐘恨めしやとて。龍頭に手を掛け飛ぶぞと見えし。引きかづきてぞ失せにける。

 

地謡初同の「山寺のや」から「花ぞ散りける」までは、新古今和歌集の能因法師の歌「山里の春の夕暮れ来てみれば入相の鐘に花ぞ散りける」を引いている。

和歌の「山里」を「山寺」に置き替えて、春の夕暮れにこの山寺(道成寺)に来て見れば、入相の鐘(夕陽が山の陰に隠れる頃に撞かれる鐘)の音に誘われるように、桜がはらはらと、ただはらはらと静かに散っている……と。

これは女が寺を訪れ、舞を舞い始めたときの光景だ。

第31回画像

で、「さる程にさる程に(そうしているうちに)」と時の経過を示し、「寺々の鐘」というのは、次の「月落ち」の月を引き出す掛詞で、「鐘を撞き(つき)」と「月(つき)落ち」を掛けている。

 

この「月落ち」から「人々眠れば」までは、『唐詩選』中の張継の七言絶句「楓橋夜泊」の前半「月落烏啼霜満天 江楓漁火対愁眠」(月は沈み夜烏が啼き、天には霜の降りる気配が満ちて冷え込み、川岸の楓の木々の向こうに漁り火が、旅愁であまり眠れない私の目に入る)を引く。

舞台は桜の頃なので、季節は合わないが、「烏」を「鳥」に、「江楓」を「江村」に置き替えて、夜も更け、寺男たちが深い眠りに落ちた状況を、有名な漢詩の世界に寄せて情緒たっぷりに謡い込んでいるのである。

 

ちなみに「(ワカ)春乃夕暮れ来てみれば」の「ワカ」とは、舞の直後に五七五七七の和歌形式をとって謡う形式で、前半の五七五をシテが、後半の七七を地謡が謡うことになっている(☆☆)。

「春乃夕暮。来て見れば」と、シテが拍子に合わせずサラサラと謡うと、続く地謡は「ノル」とあるので、大ノリに調子を転じて謡われる。

「ノル」とは拍子に合わせて謡うことを示し、この場合は大ノリで「い・り・あ・い・の・か・ね・に」と一音を一拍に当てた、最も勢いに乗る謡い方だ。

謡のテンポが明らかに変わるのを感じてほしい。

そしてここからはノンストップ。

勢い込んで鐘入りへとなだれ込むのである。

 

※地取りとは、シテが謡う「次第」の最初の句を、地謡が低い声で繰り返すこと。道成寺ではシテが登場して最初に謡う次第「作りし罪も消えぬべし。鐘の供養に参らん」、それから物着をした後の次第「花の外には松ばかり暮れ初めて。鐘や響くらん」の2箇所で地取りが入る。

 

☆『別冊太陽79 道成寺』1992年、32頁、高安流大鼓方 白坂信行師の言葉。

☆☆『能・狂言事典』平凡社、1999年。

*参考文献 『道成寺』(観世流謡本、檜書店)

『日本古典文学大系41 謡曲集下』(岩波書店)

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