18.マキュベリ理想の独裁者

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日本人は1889年の衆議員選挙法に始まる民主主義の歴史を持つため、独裁国家を劣った体制と考えます。

独裁者を恐れ、権力の集中、長期政権を嫌う傾向があります。

 

1,000万人以上を殺害したにもかかわらず、73歳で亡くなるまで20年以上権力を維持し、死後も讃えられている独裁者もいます。

マキュベリ理想の独裁者、スターリン共産党書記長

スターリンは1879年に靴職人の息子として生まれます。

家は貧乏でしたが教育熱心であり、母親は息子を靴職人とすることに反対し、19歳まで神学校で学ばせます。

1898年から1917年までの青年時代、革命を目標に地下生活をおくります。

銀行強盗、詐欺、美人局などの犯罪で警察に捕まりますが、1917年の革命成功により釈放されます。

その後の内戦ではトロツキーとともに赤旗勲章を授与する働きを示し、中央委員会で書記長に任命されます。

 

1922年にレーニン人民委員会議長が倒れると左派グループと組み、陸相の地位からトロツキー追放します。

トロツキーが無力となると右派グループを使い左派グループを排除、最後に右派グループを放逐して共産党政権を掌握します。

 

1928年から第一次五カ年計画を実施します。

米国、ドイツの大企業からあらゆる生産設備を含めた工場一式を輸入して一足飛びに量産体勢を整備するとともに、工業大学を新設して技術者を養成しました。

工業大学卒業者を重要なポストに抜擢するとともに、成果が上がらないと即座に銃殺するという徹底的な能力主義をとり工業化に成功します。

 

農業の集団化は

「75万の富農を撲滅し、その財産4億ルーブルを収奪した。農民は集団化を好まず、申し合わせたように手持ちの家畜を殺してしまった。例えば3,400万頭もいた馬は1,600万頭に減った。また供出米を作らず、自家消費分だけ作ったので、罰として実力を行使してこの食糧を取り上げた。その結果500~600万人の農民が餓死した」

とスターリンが公言するように、力で農業の集団化を成し遂げました。

 

ヒトラーが独裁者となってから6年でパリは陥落、共産党の中国は新幹線を導入後、数年で高速鉄道網を日本の数倍にまで整備し、経済力を20年(1995-2016)で13倍以上(中国7→114、米国77→186、日本53→47)としたように、独裁国家は著しく成長します。

 

米国のケネディー大統領は

「民主主義国家は戦争準備においてスタートから1~2年の遅れが生じる。このため生き残ろうとするならば、遅れることを十分認識した上で、独立を守る具体的な手段を持たねばならない」

と指摘しています。

 

日本は隣の独裁国家に備えなければなりません。

 

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