15.窮鼠ホゾを噛む
・『阿Q正伝』(魯迅)ですがなJR東海道線の東京駅。 ここは始発駅となるので、帰りの通勤時間帯になると、到着するずいぶん前から列をなして並んでいる。 そして電車の到着後、清掃時間を挟んでドアが開くと、リーマン陣によるイス取りゲームが始まる。 自分はすぐにあぶれて座ることができない。 一応、自分も座るつもりだったが座りそびれたとなると、最初から座る気などなかったと涼しい顔をして、自分を納得させることにしている。 いわば「精神勝利法」みたいなものであり、悔しくはない。 ただ足がだるくなるだけだ。 ちょっと情けないだけ。
東海道線は基本ボックスシートの車両だが、通勤用なのかは知らないけどロングシートの車両も実はある。 今回座りそびれた車両はこのタイプ。 ドアとドアの中間辺りのつり革に掴まることにした。 これはその後の混雑を避けるためで、ドアから遠いところでほくそ笑むわけだ。 ホントは大して変わらないのはもちろん秘密である。
・懐かしのポケットラジオ自分の目の前には、ジーチャンが座っている。 首尾良く座れたところでカバンからゴソゴソし、ポケットラジオを取り出している。 なんだか懐かしいツールだ。 イマドキはスマホで感度良く聞けるので、これを見たのは久しぶり。 一緒にカバンから出したのは、片耳用のイヤホンでこれも懐かしい。 自分も音で頭を一杯にしたくないし、頭が痛くなるので片耳だけ付けて聞いてたりするが、付けてない方のイヤホンがブラブラ邪魔になったりで、ちょっとしたストレスになる。 おっさんはおっさんらしく、片耳用のイヤホンを買えということかもしれない。 さて、ジーチャンは端子(ジャック)にイヤホンのピンを挿すが、よく見ると端子はマイク用とイヤホン用と2つある。 で、ワタシは密かに見てしまったが、ジーチャンはピンをマイク端子に挿し混んでしまった。 イマドキは端子が兼用になってるものもあるが、このポケットラジオにそこを求めるのは酷だろう。 そしてジーチャンはスイッチをオンに。 当然、ラジオのスピーカーからダダ漏れ。 突然のラジオの騒音に、周囲もざわつき始める。 端子を間違えて挿していることは自分以外知らないから、すぐにジーチャンへの冷たい視線と舌打ちが集中する。 ジーチャンも大慌てだ。 だが、本人も挿し間違えたことに気づいていない。
・『運命の道』(O.ヘンリー)ですがな自分は今、分かれ道に立っている。 左の道、右の道、ついでにいえば元に戻る道も。
左の道は、「端子が違いますよ、こっちに挿すんですよ」と教えてあげること。 これは間違いなく根本解決になるが、それを意図したとおりに伝えきれるコミュニケーション能力が、自分にはない。 コトを正確に伝えるというのは難しい。 いや、無理だ。 普段から説明が下手だと、年下の上司に注意されている自分である。 何かの誤解で相手を怒らせてしまってはいけない。 自分なりにアタマの中でシミュレーションしてみるが、どうにも自信がない。 下手すればラジオを取り上げる暴漢と思われかねない。
右の道は、「消してください、皆に迷惑ですよ」と注意してしまうこと。 あれこれ説明してあげるより、こっちのほうが遥かにカンタン。 実際、ジーチャンは色々いじっているが、消すという選択肢はないようで、車内に鳴り響いているまま。 止める気もなく、くつろぎにすら見えるあきらめモードは、確かにいただけない。 車内マナーの点からいっても、こちらに分があるので、言いやすいといえば言いやすい。 ところが、人に注意するなどという度胸は、今も昔も自分にはない。 小心どころかハナからない。 たぶんだが、興奮のあまりアタマのおかしい奴が騒音にキレてる図になると思う。 キチンと注意するというのは、駆け引き上手なクールハートの持ち主でなければいけない。
元に戻る道は、何も言わず我慢することになろうか。 騒音といっても大音響というわけではないし、安っぽいスピーカーからもれるラジオの音はそれほど悪くない。 しかも、ジーチャンは手のひらでスピーカー部分を押さえているため、高音が抑えられたほどよい音もれだったりもする。 自分もそんなに長い時間乗るわけでもないし、触らぬナントカがいいのではないか。
・蹴られ損「阿Q正伝」では勝利とはほど遠く、「運命の道」ではどこの道へ行っても同じ結果、というオチだが自分の場合はどうだろうか。 実際には、何も言わず我慢する道を選択した。 すると、ほぼ予測できたとおり、自分の隣にいるオジジが舌打ちから独り言の罵声など、酷く威嚇しだした。 ジーチャンはお地蔵さんのように固まって、何を言われても知らん顔。 オジジのフラストレーションはさらに増していく。 そしてオジジは、混雑した電車の揺れに乗じて相手の足首辺りに革靴を蹴り込む。 だが、実際に蹴りがクリティカルヒットしたのは、ジーチャンではなく自分のくるぶし。
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