25.道成寺の見所③ シテの登場、乱拍子
鐘が上がり(第23回参照)、女人禁制が告げられると(第24回参照)、いよいよシテが登場する。 笛の音に大小の鼓が加わって「習ノ次第」という囃子が奏され、揚げ幕が上がると、異様な雰囲気を漂わせて、壺折(つぼおり)という旅装をしたシテが、幕の内から橋ガカリへと姿を現す。
・本日の面と衣装は?シテの面や装束はだいたい決まっているのだが、細かいところでは変化があるので、「今回はどんな面や衣装で現れるか」と、観客は興味津々で待ち受ける。
「道成寺」のシテの面は、流派にもよるが、シテをどう解釈するかによって決まってくる。 よく用いられる「近江女」は、「若女」より少し年増で情感豊かな表情をしている。 「若女」はその名の通り20代くらいの若い女。 「曲見(しゃくみ)」は「近江女」よりも年のいった中年女。 「深井(ふかい)」も中年女と言われるけれど、「曲見」よりさらに老けて、40後半から50代に見える。また少女の面である「小面(こおもて)」を用いる場合もあり、どの面を選ぶかにより、シテのイメージはずいぶん違ってくる。
衣装の方は、まず鱗模様の(金の三角を連ねた模様)を着付けるのが約束。 これは女が蛇身であることを示している。 それに黒地の(刺繍)の衣装を腰に巻いて、スカートのように裾だけ見せる。 その上に唐織を壺折(腰でたくし上げる)にしてまとう。 このように衣装の形は決まっていても、模様や色合いにより、いろいろコーディネートできる。
・意味シンな最初の謡「作りし罪も消えぬべし」さて、登場したシテの最初の謡はこうだ。 「作りし罪も消えぬべし。作りし罪も消えぬべし。鐘の供養に参らん」。
まあ人間、生きていれば清く正しくとばかりはいかず、多少なりとも罪作りなことをしているもので、そういう罪も鐘の供養にあずかれば消えるだろう。 ……というのが表向きの意味だけど、「作りし罪」とくれば、恋に狂って若僧を焼き殺した女の過去が彷彿としてくるわけで、最初から何か不気味な雰囲気が漂っている。
・一の松から執心ノ目附、「花の外には松ばかり」それから「私はこの国に住む白拍子です」と名ノリをして、「道成寺で鐘の供養があるというので、これから参りたいと思う」と断って、道成寺への道行きの謡。 で、「日高の寺(道成寺)に着きにけり」と、実にトントンとわかりやすく進む。
ここでアイが出てきて「女人禁制」と拒むのだが、「供養の舞を舞いましょう」と言うと、あっさり入れてしまう……というわけで、ともかく話が早い(第11回参照)。
ここで物着(後見の助けにより舞台上で衣装を変えること。 この場合は烏帽子を被る)になり、鐘後見によって鐘の位置が引き上げられる。
烏帽子を付けたシテは、橋ガカリの一ノ松(第23回の図参照)の位置へ移動して、鐘を見る。 これは「執心ノ目附」と呼ばれる型で、鐘への執心が示される。
それから舞台へ戻って、次第の謡。 「花の外には松ばかり。花の外には松ばかり。暮れ染めて鐘や響くらん」。
花は桜なので、桜が満開に咲いた春爛漫の季節とわかる。 桜以外は、緑の「松ばかり」というのは、実に鮮やかなコントラストだが、「松」には「待つ」という意味も含ませているのだろう。 すなわち「このときを待っていたぞ」という、これまたすさまじい女の執念を感じさせる文句なのだ。
で、この謡の直後に「ヤア」と、小鼓の掛け声が鋭く響き、ここから「道成寺」の眼目の一つ、乱拍子が始まる。
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