26.道成寺の見所④―乱拍子 小鼓と一対一の緊迫した時空

シテと小鼓による乱拍子は、鐘入りと並んで道成寺の大きな見所だ。

乱拍子は道成寺にしかない特別な拍子と型であり、能の真髄とも言われる究極の演技! ……なのだが、一見単調な動作の繰り返しで、ともすれば居眠りに落ちる難所でもある。

ここをしっかり味わうために、観る方としても念入りに準備をしておこう。

 

・小鼓がシテに向いて構える

烏帽子を付けたシテは、執心ノ目附(第25回参照)をした後、大鼓の激しい調子に乗ってスルスルと舞台中央に戻り、次第の謡に入る前に、「嬉しやさらば舞はんとて。あれにまします宮人の。烏帽子をしばし仮に著て」のセリフに続き「既に拍子を進めけり」と謡い出す。

このあたりで小鼓方の姿勢に注意していると、正面を向いていた小鼓方が、シテに向かうように体の向きを変えて構えるのに気づく。

 

囃子方は正面を向いて演奏するのが常であり、向きを変えるのは道成寺の乱拍子の演奏だけに見られる例外だ。

この小鼓方のわずかな動作が、シテと小鼓の一対一で構築する緊迫した時空への入り口だと知れば、観る側も思わず姿勢を整えたくなる。

 第26回-小鼓方
▲小鼓方

 

・乱拍子の1段の構成

続いてシテは次第の謡「花の外には松ばかり……暮れ初めて、鐘や響くらん」を謡い、笛の音とともに地謡が地取り(地謡が地の底から沸くような低い声で、次第の謡を繰り返す)を謡い終わると、直後に小鼓が「イヤ」と鋭い掛け声を発し、「頭」と呼ばれる高くて強い音を「タ(△)」と打つ。

ここからが乱拍子の始まりだ。

 

乱拍子は独特の間をとりながら、小鼓の掛け声や打音とともに、シテが特殊な足遣いをして足拍子を踏んでいく。

そのひと続きの型(1段)を、三方に向きを変えながら、13段ほど繰り返すのが標準的とされている。

この型というのは確かに単純な動きに見えるのだが、それでもその構成を把握しようとすると、素人目には難しい。

そこで専門家の解説(☆)に従って、小鼓とシテの動きを書き出してみよう。

 

*鼓の打音の種類

△:頭(かしら)と呼ばれる高く強い音。口唱譜では「タ」。

○:乙(おつ)、低く強い音。口唱譜では「ポ」。

●:甲(かん)、高く弱い音。口唱譜では「チ」。

 

ヘン イヤ△ 乱拍子の開始

————–1段始まり————–

ハ 右足を出す

○ 右爪先を上げる

● 右爪先を下ろす

ヤ 右足を引きつけ、かかとを上げる

○ 右かかとを下ろす

ハ 右足をひねり出し、爪先を上げる

○ 右爪先を下ろす

ヤ(シラ声)● 左足を出し越し、左爪先を下ろす

ハ そのまま

○ 左爪先を上げ、同時に右かかとを出しそろえ、右ウケて半身(顔と左足は正面に向けたまま、体と右足の爪先を右斜め前に向ける)に構える

● 左爪先を下ろす

ヤ 構えを戻し(半身から真正面を向く姿勢に戻す)、左足引きつけてかかとを上げる

○ 左かかとを下ろす

ハ 左足をひねり出し、爪先を上げる

○ 左爪先を下ろす

ヘン(エイ) 腰を沈めて右足を出しそろえ

イヤ△ 右足で足拍子を踏む

————–1段終わり————–

 

以上のひと続きが1段だ。次に右足を左足に置き換えて2段となる。

で、まず正面を向いて1段、2段と踏み、次に脇座(→第23回の能舞台の図参照)に向きを変えて3、4段、それから常座に向いて5、6、7段、正面に向き直って8段と。こうして鱗形(三角形)に一巡したことになる。

ここで笛の旋律が変わり、小鼓のテンポが速まって、シテは扇を左手に持ち替え、数拍子踏みながら前へ出て、「イヤ△」で足拍子を踏み、笛はヒシギという譜を吹く。これを「中ノ段」という。

ここから先(乱拍子の後半)は笛の絡みはなくなり、鼓の間合いが半分ぐらいに縮まる。シテは乱拍子を踏みながら「道成の卿……」と切れ切れに謡い込む。これを乱拍子謡というが、謡の文句と乱拍子の絡みは以下のようになるようだ。

「道成の卿(△)。承り(シラ声)。始めて伽藍(△)。たちばなの(シラ声)、道成興行の寺なればとて(△、ここまでで5段)。道(小鼓打ち止め)。成寺とは(右足爪先で正面・左・右と三つ拍子を踏んで、扇を右手に持ち直す)。名づけたりや」

「名づけたりや」と謡い切ると乱拍子が終わり、即座に急ノ舞へと急展開する。

 

☆羽田昶「乱拍子、そして急ノ舞」、三浦裕子「乱拍子の音楽」(いずれも『別冊太陽79 能道成寺』1992年)

 

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