4.生い立ちの明暗

フーリエは、1768年3月21日に、フランス中部、ヨンヌ県のオセールで仕立屋の9番目の息子として生まれました。

8歳のときに父親の死去によって孤児となり、地元のベネディクト派司教のもとへあずけられたのです。

司教は、フーリエを同じくベネディクト派の僧侶が経営する陸軍幼年学校へ入学させました。

そこで、彼は早くも数学に興味を示し、夜中になってから蝋燭の燃えさしを集めて一人で勉強に没頭したと言われています。

 

フーリエ生誕から約1年後1769年8月15日、ナポレオン・ボナパルトは、コルシカ島で生まれたのです。

父カルロは、1729年に始まっていたコルシカ独立闘争の指導者パスカル・パオリの副官を務めていたのですが、ナポレオンが生まれる直前にフランス側に転向し、戦後に寝返りへの見返りとして報奨を受け、実質上フランス貴族と同等の権利を得たのです。

旧ジェノヴァ共和国領であるコルシカ島には貴族制度がなかったのですが、新貴族としての身分を晴れて認められたことで特権を得た家系だったのです。

4話用提出用_R

つまり、生い立ちの違いは、フーリエは、貧乏な身分の孤児でナポレオンは、貴族出身での身分だったのです。

彼らの運命もこうした身分の違いから今後の2人の関係が微妙な関係で形成されていったのではないでしょうか?

 

One Comment

  1. Pingback: 3.フーリエはナポレオンの友人 | WEBぱるマガジン

コメントを残す