18.酔っ払いの被害者になってみた
・なんという僥倖…自分は月曜朝の通勤電車の中にいる。 そして珍しいことに座席に座っている。 こんなことは年に一回あるかどうかだ。 そして目の前のつり革ポジションには若い女性がいるが、しゃがんでしまっている。 体調が悪いのであろう。 なのに、自分は席を譲れないでいる…。
・1972年の酔っ払いこの日は祝日で母親に手を引かれながら立川駅に向かっている。 川崎までを行く南武線に乗るためだ。 以前書いたことがあるように、子供にとっての国鉄(現代のJR線)は恐怖と不快がミックスされ五感隅々にダメージを与える狂気な乗り物だった。 そして、とくに酷いのがこの南武線。 立川~川崎駅を行き来する列車だが、この両サイドの駅は「立川競輪場」「立川場外馬券場」と「川崎競輪場」「川崎競馬場」があり、さらにその中間には府中本町駅という「東京競馬場」最寄り駅がある。 昔から「ギャンブル電車」と呼ばれ、ここいらに生息するギャンブラーたちが我が物顔で乗り込む電車なのである。 そしてこの南武線、当時こげ茶色した車両で油なのか汚れなのかとにかく黒く染みついた床板が印象的だった。 なので、 「わ~い、チョコレートの電車だ~」 などというような絵本の世界のやり取りではなく、荷馬車に揺れる仔牛に近い。 自分は神や仏に祈って無事やり過ごす試練の場なのであった。 なにしろ、酔っぱらいたちは自分らのための電車と思っている。 だから女子供がいるだけで悪態ついたり絡んできたりするのだ。 実際、日にちと時間帯によっては酔っ払いギャンブラーしか乗っていないこともあるわけだが。 そして、立川から川崎へはとにかく時間が掛かるのだ。 1時間あまりすることがないのだから、すぐに車座になって酒盛りが始まるのだ。 あの床板に、だ。
別の酔っ払いは座っているご婦人を怒鳴り散らし、席を横取りする。 電車で泣き出す赤ちゃんがいようものなら、彼よりもっと真っ赤な顔させて怒鳴りつけるなど異常な空間だった。 一度は座っている自分に、わざとか目に入らなかったのか、上からドスンと座ってこられたことがある。 ギリギリのところで自分は席を立って逃げたためオオゴトにならなかったが、そういう事態でも当時の大人たちは「早くどかないから危ない目に遭うんだ」と一様に笑い話にしていた。 酔っ払いというのは、なぜにこうもフリーダムに振る舞えるのか、子供心に不公平さを感じずにはいられなかった。 自分にとっては、酔っ払いは「怪物」そのものだった。 ウルトラマンに出てくるような、わかりやすいキャラデザインではない。
・現代の酔っ払いそして、いま目の前でしゃがんでいる女性である。 揺れる車中なので手をついてしまってカバンも離してしまっている。 しかし自分も、そして周りも微動だにしない。 なぜなら、しゃがむときにわかったのだが、この女性は二日酔いで体中からとんでもない臭さを発していたのだ。 自分はバーテンのアルバイトをしてたからわかるが、これは「ジン」である。 ジンは飲んだ後の息がとても臭いのだ。 すっきりした飲み口がいいのだろうが、アルコールが強いのと毒ガスを発生させるので、これは要注意飲料なのだ。 だいたい日曜日の夜に二日酔いになるほど、しかもジンを飲むなんてどうかしてる。 もしかしたら周りも同意見かもしれない。 誰一人声かけなどはしない。 こういう小さなことでアレコレ考え込みたくないのだが、自分にはこの光景はあまりにも不利である。 やはり譲らなければいけないか…重圧に耐え切れそうにない。
そうこうするうち、離れた場所から中年女性が来て声を掛ける。 こちらは、余計なおせっかいと感じつつ引け目もあったので、すっかり固まってしまっている。 イヤミの一つは食らうだろうと覚悟していたら、中年女性はなんと二日酔いの彼女を引っ張り、駅に降ろしてしまう。 なんだ、ナイスなおばちゃんだったのか! なんとなくホッとした空気になる。 落ち着いたところで、通勤時間帯の電車はこうであるべきだよ、と言い訳みたいなことをアタマで並べる。 すっかり被害者気分になってみたが、後に自分はもっと酷いことをしている→第13回
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