3.「乙女の恋の物語です」ってマジ?

 ・能「道成寺」はエンターテイメント

「道成寺縁起」と、能「道成寺」、いずれも女の執心をテーマに、蛇と鐘を絡ませるってところは同じです。

が、その焦点はかなりズレている。

まず、能「道成寺」の方は後日談となっているため、①若僧が出てきません。

 

それから、②蛇と化した女が成仏しませんね。

「道成寺縁起」は、むしろ法華経の功徳によって成仏したってところが眼目です。

が、能「道成寺」の方は、もう成仏なんてそっちのけ。

蛇女は日高川にザンブと飛び込んで逃げただけだし、僧侶たちも追っ払ってしまえば「よしよし」と満足して一件落着。

要するに、「乱拍子」「急之舞」「鐘入り」「祈」という見せ場が終了すれば、ハイ幕って感じで、理屈抜きのエンターテイメントになっています。

 

実際、道成寺は見所の多い能で、最初に狂言方が鐘を持ち出して吊り上げるところから、最後にまた鐘を下ろして持ち去るところまで、見ている方でも「さあさあ、ここはどうだ」と目を凝らし、耳を傾けるポイントが次々とあるのです(具体的には回を追って紹介していきますね)。

だから物語としての意味や登場人物への感情移入ってところには、あまり関心がいかなくて、ともかくエンターテイメントとして堪能してました。

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・「乙女の恋」と聞いて、ハタと考えた

ところがある時、観世流宗家(観世清和師)の「道成寺は、乙女の恋の物語です」という言葉を接して、思わず「ええっ!」とのけぞった。

あれが「乙女の恋」ってシロモノ?? 逃げた男を追っかけて、蛇と化して焼き殺すってのが?? しかも能「道成寺」では、その男すら登場せず、あるのは再興した鐘のみ。

その鐘に引かれて迷い出たのも恋なのかい??

 

それはあんまり美化しすぎ……と言うより、何か取り違えているような感じさえする。

まあ、観る人の多くが、蛇と化した女に一抹の哀れを感じているのは確かだろうけど、それが主題とも思えない。

そんなら何が主題なのか

よくよく考えてみると不思議な曲で、地謡や囃子方が裃をつけるほど格が高く、口伝秘伝や約束事が詰まった特別の曲ながら、どこか素性の知れないところがある。

いやちょっと待て、「道成寺」って一体どういう能なんだろう―。

何やら巨大な迷宮にも見えてくるじゃありませんか。

それでまあ「道成寺のなぞ」ってわけで、まずはそろりそろりと分け入って行きましょう。

 

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