13.黒川能の「鐘巻」は原型を伝えるか?

・「鐘巻」って見られるの?

「鐘巻」は江戸期以降、廃曲になっている。

ではまったく観られないかというと、1992年に法政大学能楽研究所が復曲しているので、以後たまに上演されることもあるのだ。

残念ながら私は見ていないけど、アンテナを張っていれば上演予定を探し当てる可能性はゼロではない。

ちなみにネット検索で、「鐘巻」を観たって記事をチラホラ見つけることができる。

その感想を見ていると、「道成寺」の乱拍子を退屈に感じる人には、「鐘巻」が好評のようだ。

 

・黒川能には「鐘巻」がある

職分(プロ)の能では廃曲になった「鐘巻」だが、黒川能のレパートリーには含まれている。

ご存じ黒川能は、山形県鶴岡市黒川の人たちが神事として伝承する能楽で、貴重な民俗芸能として国の重要無形民俗文化財に指定されている。

能を演じる宮座は上座と下座に分かれ、上座には「道成寺」が、下座には「鐘巻」が伝えられているのだ。

演能は、2月1日、2日の王祇祭に奉納されるものがメインで、その年の当番の家が当屋となって神を迎え、夜を徹して能が演じられる。

事前に鶴岡市の担当係に申しめば、抽選で観能のチャンスが得られるようだし、その他にも年に数回ほど能が催されるので、下座により「鐘巻」が演じられる機会もあるだろう。

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・黒川能の「鐘巻」はホントに古いのか?

黒川能は江戸初期から500年にわたり、地元の春日神社の神事能として守られてきたと言われ、世阿弥が大成した猿楽能の流れをくみながら、この地方独特の形式を持っている。

例えば面のかけ方にしても、通常は鬘の上にかけるのだが、黒川能の場合は面をかけた上に鬘をつける。

確かにリアルな感覚では、黒川能のかけ方のほうがむしろ自然だ。

が、プロの能では面の効果を最大限重視して、鬘の上にかけるようになったのだろう。

また、プロの能では面の下からアゴを少し見せてかけるが、黒川能ではアゴまですっぽり隠れるように面をかける。

これも面のかけ方としては、黒川能のほうが普通の感覚だと思うが、実際に舞台で見るとアゴを見せたほうが首が長く見え、襟元がすっきりして美しい。

また謡の声もアゴを出したほうが聞こえやすい。

プロの能は舞台効果を工夫して、面のかけ方一つをとっても厳しく洗練されていることがわかる。

このように古い形式を残すとされる黒川能であれば、「鐘巻」や「道成寺」の演出も江戸初期の古風を伝えているのか……というと、どうやらそうでもないらしい。

実は「鐘巻」も「道成寺」も明治期以降になって、レパートリーに加えられたとの指摘がある(★)。

江戸期に刊行された「四百番謡本」を台本として復曲され、その後、プロの能楽師との交流で乱拍子を習ったということだ。

 

*参考文献
★堂本正樹「『鐘巻』と『道成寺』―龍と蛇・被きの女ふたり」(『別冊太陽 道成寺』)

 

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