20.ちょっと道草② 蛇ではなく龍になる―「華厳祖師絵伝」の善妙

・〈恋慕変身〉でも「道成寺」とは正反対の展開

道草ついでにもう一つ。

京都栂尾の高山寺に伝わる『華厳祖師絵伝』に出てくる善妙という女性に注目してみたい。

善明もまた「僧侶に恋慕して迫る」「僧侶を追って水に飛び込み変身する」など、「道成寺」の女と重なる行動をとるのですが、結果は正反対で、仏の守護神となって義湘を助けることになる。

この差は一体どこからくるのか―。

まずは物語のあらすじを追ってみよう。

 

・あなたへの色欲を抑えることができません

義湘は古代朝鮮の新羅国の若僧で、仏教修業のために中国(唐)へ渡る。

そこで托鉢をするうち、ある長者の屋敷を訪ねると、かねてから義湘が美男だと噂に聞いて恋しく思っていた長者の娘、善妙が「あなたはご立派な僧で尊敬申しあげていますが、それでも、あなたへの色欲の情を抑えることができません。どうぞ私の気持ちを遂げさせてください」と言い寄って来た。

第20回 S①善妙-義湘に告白

「あなたへの色欲が抑えられないの。どうぞ受け止めて!」「いやまあ、そう言われてもねえ」

 

道成寺の若僧ならここで逃げ出すところだが、さすが高僧の義湘は逃げたりせず、落ちついて女を説得する。

「私は僧として命を捨てて仏戒を守る身であり、仏法による人々の救済を使命としています。あなたの希望には添えません。どうぞ仏法の功徳を信じ、私を恨まないでほしい」

この言葉に従って改心した善妙は、

「これ以後はいくたび生まれ変わっても、あなたとともに生まれ、離れず、あなたの行くところに影のように付き添い、求める物を与え、経済的に援助しましょう。お願いですから、この希望は叶えてください」

とさらに頼み、義湘はこうした娘の心に憐れみを示した(無碍に拒みはしなかったということでしょう)。

 

・海に飛び込み、龍に変身

その後、義湘は無事修学を終えて、新羅に帰国するため商船に便乗して唐を旅立つ。

善妙は義湘のために法衣や諸什器を整えて箱に詰め、これを渡そうと港へ行くが、義湘を乗せた船はすでに港を離れているのを見て、激しく嘆く。

第20回 S②善妙-船出を悲しむ

「ご供養の品を渡そうと思ったのに……」 中央が嘆く善妙。向かって左側の侍女が箱を持っている。右側の侍女は「あの霞んで見えるのが大師の乗った船なの?」ともらい泣き。

 

しかし善妙は気を取り直し、義湘を供養したいと祈願して、整えた箱を海に投げ入れると、箱は船に流れ着く。

また善妙自身も「龍とならん」と祈願して海に身を投げ、願いのごとく大龍となって、義湘の船を荒波から守り、無事に新羅に送り届けた。

またそのあとも守護神として義湘を守り、困難に遭うと現れて救済したのであった。

第20回 S③善妙-海に飛び込む

「龍となって、あの方のおそばに!」
第20回 S④善妙-龍になる
望み通り大龍に変身。

第20回 S⑤善妙-船を助ける

龍となった善妙は、義湘の船を守る。船の中央に義湘が座している。

 

・「守護する」という付きまとい方

「道成寺」の若僧と違って、逃げ出さずに正面から説得した義湘だが、これに対する善妙の反省はちょっとあやしくて、目的こそ「あなたを守護する」と変更したものの、「だから生まれ変わり死に変わり、あなたのそばを離れない」っていうのは、かえって執着を強めているようでもある。

とはいえ「色欲を諦めたんだから、まあいいでしょう」と、これを認めた義湘の寛容さこそが、物語の展開を好転させたのではあるまいか。

また供物を受け取らずに行ってしまった義湘を追いかけて、善妙は「龍になれ!」と祈願して海に飛び込む。

つまりこの変身はポジティブな意志によるもので、思わず知らず変身してしまったわけではない。

善妙の行動はいずれも意志的であり、その意志が義湘の寛容によって受け止められているところがポイントだろう。

その寛容の根底には、相手を信じる心があるわけで、義湘はこの信頼感で善妙の慕情に応えている。

そのへんが「道成寺」の2人―言い寄る女を異物として退けた若僧と、退けられて逆上した女―とは大きく異なるところだろう。

 

*参考文献 若杉準治編『日本の美術 №413 絵巻華厳宗祖師絵伝』至文堂、2000年。

 

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