29.道成寺の見所⑦―乱拍子 この不思議な動作の意味は?

・乱拍子の由来

独特の足拍子を踏みつつ舞い謡う乱拍子は、「反閇(へんぱい)」を採り入れたもの……と、第27回にも書いた。

反閇とは陰陽道で「鎮め」を行うときの代表的な呪法だ。

呪文を唱えながら大地を踏みしめ、千鳥足で歩んだりして地霊や邪気を祓い鎮める。

平安期以来、天皇や将軍など貴人が外出する際に、陰陽師が行った。

この反閇が白拍子など民間芸能に採り入れられ、乱拍子に発展したのだが、その際に着目されたのはあくまで独特の足さばきであって、呪術的な効力についてはほとんど意識されていない。

 

能においても同様で――神事として舞われた「翁」や「三番叟」は別として――演目に採り入れられた乱拍子の眼目は、舞としての変化や面白さにある。

とはいえ、道成寺の極端にデフォルメされた乱拍子には、どこか呪術的な雰囲気が漂い、その動作の意味するところを探りたくなる。

何しろほとんど無言のまま、異様な緊迫感で20~30分も繰り返されるのだから。

 

・蛇体となった女がヌルヌルと階段を這い上る?

そういうわけで「乱拍子」は何を表現しているのか――。

能の展開としては、「鐘の供養に白拍子を舞おう」と申し出て能力を説得し、烏帽子を着けて舞うわけなので、取りあえずは「鐘供養の舞」ということになる。

しかし、舞を舞うと見せかけて件の鐘へ忍び寄るという目的を考慮して、一般的な解釈としては「女が蛇体となって道成寺の長い階段を懸命に這い上る姿を表す」というのが有力だ。

乱拍子は三方に向きを変えて段数を重ねるので、ちょうど鱗形(三角形)に回る形になり、これがまた蛇の動きを暗示するという説に符合する。

 

もっとも専門家によると、この有力説も「あやまった解釈」だそうで(☆)、乱拍子の動作そのものに意味を求めるのは筋違い、ということなのだろう。

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・鐘の周りの結界を解く呪法?

それでも想像するのは勝手、ということで他にもいろいろと解釈はある。

女の情念が高まっていく心象風景だとか、境内を這い回って鐘(あるいは鐘に宿る若僧の魂)を捜し求める姿だとか……。

 

ちょっと面白いと思ったのは、だいぶ前になるが、千葉の文化ホールで観た道成寺(シテは梅若玄祥師)の開演前講座で、山中迓晶(がしょう)師が唱えた説。

思い出してほしいのだが、最初にワキ(道成寺の僧)から、女人禁制を申し付けけられたアイ(寺男)は、常座に立って客席に向かって「皆々承り候え」と女人禁制を触れた後、鐘の周り慎重な足取りで歩み「鐘楼固め」をする(→第24回)。

山中師はこの「鐘楼固め」と乱拍子とを、確かこんなふうに結び付けていた。

 

この「鐘楼固め」という動作は、鐘の回りに結界を張る呪法ではないか、と僕は想像する。

そうすると前ジテが鐘の傍らで舞う乱拍子は、この結界を破るための所作だと見る解釈も成り立つのではないか。

だから乱拍子によって結界を破った前ジテは、烏帽子を払って鐘の下に入り、鐘を落とす……と。

 

なるほど。

こう考えると、乱拍子の由来とされる反閇が、本来呪術的な動作であったことにも通じるし、道成寺の乱拍子がもつ尋常ならざる雰囲気ともピッタリくるので、乱拍子から鐘入りへの流れをうまく説明できるようだ。

 

☆香西精『能謡新考―世阿弥に照らす―』檜書店、1972年。

 

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