5.尾ひれ・転々「道成寺説話」―突如「川」が加わった

・道成寺伝説の出発点『大日本国法華経験記』―「川」なし

「道成寺」の話の出どころとされるのが、平安時代長久年間(1040-1044年)に、鎮源という僧が編んだ『大日本国法華経験記』で、この中の「紀伊国牟婁郡(むろのこおり)悪女」という節話がそれ。

「道成寺」の原点ですね。

キーワードにそって内容を見てみましょう。

 

①若僧 老若2人の僧が熊野詣に来て、牟婁郡の女(後家)の家に泊まる。

②迫る女 夜中、女が関係を迫る。

③約束 若僧は驚き、精進してはるばる熊野詣に来たのだから潔斎を破れないと拒むが、女は応じない。仕方なく、熊野詣は2、3日で果たせる。参詣が済んだら戻って意に従おうと、偽りの約束をして難を逃れる。

④蛇 若僧は老僧と連れ立って熊野へ向かう。女は約束を信じて待つが、やがて騙されたことを知り、部屋に閉じこもると5尋(約9m)の大毒蛇となり、若僧を追いかける。

⑤鐘 帰路についていた2人は、道行く人から「大毒蛇が走り来る」と聞き、「あの女だ」と察して急いで道成寺に逃げ込み、かくまってくれるように頼む。寺僧たちは鐘を下ろして、僧をその内に隠し、堂内にかくまう。が、蛇は戸を破って堂に入り、鐘に巻き付いて火を吐き、若僧を焼き殺す。

⑥法華経の功徳 後日、老僧の夢に2匹の蛇が現れ、悪女のために蛇にされたので、供養して悪縁から救ってほしいと頼む。望み通り法華経供養をすると、その夜また夢に現れ、今度は僧と女の姿にて、法華経の功徳でそれぞれ成仏して、女は忉利天(とうりてん)、男は兜卒天(とそつてん)に生まれたと喜んで報告する。

 

…というわけで、僧の裏切りを知った女は部屋に籠もると、ここですでに蛇となり、それから僧を追いかけます。

なので、川は出てきません。

また、説話の力点が置かれるのは「⑥法華経の功徳」。

そもそも『法華経験記』の説話なのだから当然ですね。

道成寺-第5回

・続く『今昔物語』『元享釈書』―やっぱり「川」なし

この『法華経験記』の「悪女」の話は、『今昔物語』(1110年頃)にも採られています。

内容はほぼ同じだけど、僧の裏切りを知って部屋に籠もった女はその場で死にます。

いったん死んでから蛇となったというわけ。

 

それから、臨済宗の僧によって書かれた『元享釈記』(1322年)も、道成寺説話を採っています。

ここで初めて若僧に「安珍」という名前が付けられ、また鞍馬寺の僧ということになっている。

内容は『法華経験記』とほぼ同じで、女は部屋に籠もって蛇に変じます。

 

・そして『道成寺縁起絵巻』―「川」の出現

『道成寺縁起絵巻』の成立は室町時代で、1400年前後と考えられています。

内容は第1回に紹介した通りで、最後の「法華経の功徳」に力点が置かれるのは、先行する説話と同様だけど、さらに熊野権現や道成寺が強調される。

タイトルからして「……悪女」から「道成寺縁起」と変わっているし、恐らく遊行聖たちが人々に絵巻を見せて、熊野や道成寺を宣伝して回るという用途に合わせたものと思われます。

女が蛇に変身する条件として「川」が登場するのも、道成寺の近くを流れる日高川に着目したためでしょう。

でも、これが物語の設定としてうまくはまって、堂々キーワードのひとつとなり、能「道成寺」に近付きます。

 

あと先行説話は、若僧は老僧と2人連れで熊野詣をしますが、「道成寺縁起」では、連れの老僧は出てきません。

能「道成寺」も同様で、筋がよりすっきりします。

 

*参考文献
『日本思想体系7 往生伝 法華験記』岩波書店。
『今昔物語』岩波文庫。
『元亨釈書30巻』国会図書館デジタルコレクション。
小松茂美編『続日本の絵巻24 桑実寺縁起 道成寺縁起』中央公論社。

 

6.道成寺と日高川―「鐘」と「川」の系統 に移動